はじめまして、教員オヤジです。
四畳半オヤジが少しの間憂鬱にしているとのことで参加します。
40を過ぎたあたりから、もうやることが無くなって、金儲けはどうやったらできるかに焦点を絞って研究しています。
これはね、生徒によく話すことです。
道に1万円が落ちていたら、あなたはそれを拾いますか?
当たり前でしょ、拾うに決まってる。ところがね、リアルに想像してみてください。
そこは東京の新宿駅、通勤ラッシュの時間です。人混みに飲まれないように、自分の目的に向って周囲のスピードにあわせてあなたは歩いています。
そこで、ふと足下に1万円のような紙が落ちていたら、気がついた人は「あれ?」といった表情で一瞬振り返るでしょう。あなただけではありません。
「今のは1万円だったかな?」
すでに、人の流れに乗って歩いているあなたは、その1万円のような紙のある場所から2~3m通り過ぎてしまいました。
ふと振り向くと、あなたと同じようにその1万円のような紙に気がついた人々が、それぞれの反応と表情を一瞬だけ見せています。
さて、あなたは人混みの中を流れにさからって戻り、1万円のような紙の正体を確かめ、誰もが気にしているのに拾わないそれを手にすることができるでしょうか?
おそらくその場にいたら、戻って確かめることはできないでしょう。
もし、戻って確かめるという人がいたら、その人は間違いなく変な人です。
侮辱して言っているのではありません、一般的な普通の人ではないということです。変な人と言われても、怒ることのない人です。他人に同調しない人です。かといって、主義主張を強く持っている頑固者とも違います。簡単に言うと、何を考えているのか分からない人です。
そういう人でないと、人混みの中を他人の迷惑も顧みず、1万円でないときの気まずさや周囲のあざけるような視線を受ける危険を冒してまで戻って、這いつくばって、1万円のように見える紙を拾うことはできないでしょう。
でも、まぁ、1万円なら諦めもつきますか。たいした金額じゃないですね、社会人にとっては。
では100万円ならどうですか?
厚さ1cmくらいの茶色い封筒が落ちてます。端っこが破れて、なんだかお札のように見えます。人混みの足下、大勢の人に踏まれたり、蹴られたりしています。その封筒が突然あなたの足下に現れました。
躊躇していれば、すぐ2~3m後ろ。立ち止まる即断を下し、その汚い封筒を拾い上げられますか?
これも難しそうですね。
1万円にしろ、100万円にしろ、手にすればその正体ははっきりします。拾い上げるだけですから、簡単です。実は、リスクも全くありません。
がっかりしたり、恥をかくのはタダですから。赤の他人の中で恥をかいても、あなたの社会的地位は別に揺らぎませんね。
拾い上げた後、交番に届けてもいいし、着服してもいいのですが、手にした時点で所有権はあなたの物になります。
リスクがなくて利益を手にできるのに、どうして想像するとこんなに難しいのでしょうか?
生徒達も同じようなことがあります。
私は、成績に関係する定期テストで、問題と答えを公開することがあります。公開した問題は、数値も変えずにそのまま出題します。答えも解説付きで配ります。そして、同時にそのまま出題することを全生徒に宣言します。
そんなことをしたら皆100点を取って、成績のつけようが無くなると思いませんか?
自分が生徒なら、テスト勉強などしないで答えをひたすら暗記して、楽勝で100点をとる、そう思いませんか?
ただ拾うだけで100万円を手にするのと、答えを暗記するだけで100点満点をとるのと似てますね。拾う方が簡単だけど。
でもね。平均点は変わらないんです、普段と。
つまり、生徒は暗記すらしない。
いつも成績の良い生徒は、公開しなくても100点をとりますから、勉強しない生徒の点数が変わらないので、いつもと平均点が変わらないのです。
皆100点をとりたくないのでしょうか?いえいえ、聞けば100点は欲しいと言います。100点は欲しいけど、取るための行動は起こさないのです。
そこで、生徒に「1万円を拾わない」話をするのです。
私自身、目の前の1万円を何度も見逃してきました。
行動すれば利益はでるのに、面倒くさい、失敗するかもしれない、がっかりするかもしれない、なんかやだ、といった合理的ではない「気分」で目の前の利益を取り逃がしているのです。
99%の人は、そうやって暮らしているのです。子供のころから。
行動しないことってとんでもない損失ですね。
でも、仕方ないんです。その思考パターンとブレーキが、「普通」の人の「常識」ですから。
1%の「変」な人になれれば、簡単に利益を手にできそうですね。
あーあ、ほんと教員の話ってなげーな。
最後までありがと。
【今日の教訓】
・新宿駅で下を向いて歩くと、確実に10人にはぶつかる